2008年10月25日
まえがき・
こんにちは
ようこそ
かみのやま温泉物語へ

縁あって地域ブログんだ!ブログと出逢ってはや一年(正確には1年5ヶ月)
20世紀少年回想記
では子供の頃(昭和40年代)に見たテレビや映画、マンガなどを中心に紹介させて頂きました
そしてその後
【21世紀少年★回遊記】
と題名を進化(笑)させ現在の話題も取り混ぜ続けています
その間
山形県のいろんな地域の方々のブログを拝見させて頂き山形県の魅力知りました
正直
今まで山形県どころか自分の住む上山市にも興味がなく
「こじぇげだな町、ひとっつもいぐない」
とも思っていました
ところがネタ切れを繋ぐ為に現在の上山を紹介させて頂いたところ、思わぬ反応が返って来て驚きました
中にいると慣れてしまって見えなくなっていたモノが見えてキタ(*゜∀゜*)!!様な気がしました
今より少し若かった頃照
「上山はいいとこ沢山あるのに宣伝が下手だまなぁ」
と思ってたのを思い出しました
上山は城下町、宿場町、温泉地と揃っている珍しい町です
もう一度、自分のこなれた目を旅人の目に変え、それでいて住人でなければなかなか分からない
そんな、かみのやま温泉を紹介できたらと思っております
あまり深い話は他の方に任せるとして(笑)旅住人ガジラの【かみのやま温泉物語】を軽〜く見てやって下さい

ようこそ
かみのやま温泉物語へ
縁あって地域ブログんだ!ブログと出逢ってはや一年(正確には1年5ヶ月)
20世紀少年回想記
では子供の頃(昭和40年代)に見たテレビや映画、マンガなどを中心に紹介させて頂きました
そしてその後
【21世紀少年★回遊記】
と題名を進化(笑)させ現在の話題も取り混ぜ続けています
その間
山形県のいろんな地域の方々のブログを拝見させて頂き山形県の魅力知りました
正直
今まで山形県どころか自分の住む上山市にも興味がなく
「こじぇげだな町、ひとっつもいぐない」
とも思っていました
ところがネタ切れを繋ぐ為に現在の上山を紹介させて頂いたところ、思わぬ反応が返って来て驚きました
中にいると慣れてしまって見えなくなっていたモノが見えてキタ(*゜∀゜*)!!様な気がしました
今より少し若かった頃照
「上山はいいとこ沢山あるのに宣伝が下手だまなぁ」
と思ってたのを思い出しました
上山は城下町、宿場町、温泉地と揃っている珍しい町です
もう一度、自分のこなれた目を旅人の目に変え、それでいて住人でなければなかなか分からない
そんな、かみのやま温泉を紹介できたらと思っております
あまり深い話は他の方に任せるとして(笑)旅住人ガジラの【かみのやま温泉物語】を軽〜く見てやって下さい
2008年10月25日
・おぼえがき・上山藩主
羽前国(旧出羽国)村山郡
1458年(長禄2年)上山温泉発見
1600年(慶長5年)関が原の戦い・・・最上氏(家臣・里見民部→坂光秀→最上光広(五男))
上山藩
1622年(元和8年)4万石・能見松平氏・松平重忠(しげただ)
1626年(寛永3年)4万石・第2代藩主 松平重直(しげなお)
1626年(寛永3年)4万石・蒲生忠知(ただとも)
1628年(寛永5年)2,5万石→3,5万石・土岐頼行(よりゆき) 沢庵宗彭(そうほう)
1678年(延宝6年) 第2代藩主 土岐頼たか(よりたか)
1692年(元禄5年)3,8万石・金森頼時(よりとき)
1697年(元禄10年) 初代藩主 3万石・藤井松平氏・松平信通(のぶみち)享年47
1722年(亨保7年) 第2代藩主 松平長恒(ながつね)享年64
1732年(亨保17年) 第3代藩主 松平信将(のぶまさ)享年45
1747年(延亨4年) 五巴徒党一揆
1761年(宝暦11年) 第4代藩主 松平信亨(のぶつら)享年51
1771年(明和8年) 逃散一揆
1790年(寛政2年) 第5代藩主 松平信古(のぶふる)享年27
1796年(寛政8年) 第6代藩主 松平信愛(のぶざね)享年27
1805年(文化2年) 第7代藩主 松平信行(のぶゆき)享年84
1809年(文化6年) 藩校 天輔館(明新館)
1831年(天保2年) 第8代藩主 松平信宝(のぶみち)享年56
1834年(天保5年) 徳政一揆
1862年(文久2年) 第9代藩主 松平信庸(のぶつね)
第10代藩主 上山藩知事 松平信安(のぶやす)
1458年(長禄2年)上山温泉発見
1600年(慶長5年)関が原の戦い・・・最上氏(家臣・里見民部→坂光秀→最上光広(五男))
上山藩
1622年(元和8年)4万石・能見松平氏・松平重忠(しげただ)
1626年(寛永3年)4万石・第2代藩主 松平重直(しげなお)
1626年(寛永3年)4万石・蒲生忠知(ただとも)
1628年(寛永5年)2,5万石→3,5万石・土岐頼行(よりゆき) 沢庵宗彭(そうほう)
1678年(延宝6年) 第2代藩主 土岐頼たか(よりたか)
1692年(元禄5年)3,8万石・金森頼時(よりとき)
1697年(元禄10年) 初代藩主 3万石・藤井松平氏・松平信通(のぶみち)享年47
1722年(亨保7年) 第2代藩主 松平長恒(ながつね)享年64
1732年(亨保17年) 第3代藩主 松平信将(のぶまさ)享年45
1747年(延亨4年) 五巴徒党一揆
1761年(宝暦11年) 第4代藩主 松平信亨(のぶつら)享年51
1771年(明和8年) 逃散一揆
1790年(寛政2年) 第5代藩主 松平信古(のぶふる)享年27
1796年(寛政8年) 第6代藩主 松平信愛(のぶざね)享年27
1805年(文化2年) 第7代藩主 松平信行(のぶゆき)享年84
1809年(文化6年) 藩校 天輔館(明新館)
1831年(天保2年) 第8代藩主 松平信宝(のぶみち)享年56
1834年(天保5年) 徳政一揆
1862年(文久2年) 第9代藩主 松平信庸(のぶつね)
第10代藩主 上山藩知事 松平信安(のぶやす)
2008年10月26日
◆第1話◆上山温泉源泉
山形県上山市...けっして、かみのやま温泉市ではない笑

1956年〜昭和29年10月1日
私が生まれる8年前に
【南村山郡上山町】
【西郷村】
【本庄村】
【東(あずま)村】
【宮生(みやおい)村】
【中川村】が合併
その後1956年に
【本沢村久保手地区】
1957年に
【赤湯町中山地区】
【山元村】
【山形市蔵王金瓶地区】
が編入して出来た【市】
今の市長で8代目!
市の木は【アララギ】
見た事ないかも汗
市の花は【菊】
市の鳥は【コサギ】
何故今ホウズキ(食用)を宣伝しているのかが分からない?
第1話は何にしようかと悩みました(5分ほど)
で、やっぱり温泉かな
ということで上山温泉の源泉を紹介します
場所は市民会館から少し行った【湯町】と呼ばれている温泉街にあります

本当にお湯なのか手を入れてみたら、びっくりするほど熱かったです汗

月秀和尚が旅の途中、一羽のケガをした鶴がキズを治し飛立ったのを見て温泉を発見したと伝えられています
なのでこの辺の温泉を【鶴脛の湯】(つるはぎのゆ)と呼び、またこの周辺の地名を【鶴脛町】(つるはぎちょう)といいます

でも本当は鶴ではなく鷺だったのではないかと思ったりして

会津の東山温泉
庄内の湯野浜温泉
と共に奥州三楽郷と呼ばれていました
昭和57年5月8日温泉源泉復元
1956年〜昭和29年10月1日
私が生まれる8年前に
【南村山郡上山町】
【西郷村】
【本庄村】
【東(あずま)村】
【宮生(みやおい)村】
【中川村】が合併
その後1956年に
【本沢村久保手地区】
1957年に
【赤湯町中山地区】
【山元村】
【山形市蔵王金瓶地区】
が編入して出来た【市】
今の市長で8代目!
市の木は【アララギ】
見た事ないかも汗
市の花は【菊】
市の鳥は【コサギ】
何故今ホウズキ(食用)を宣伝しているのかが分からない?
第1話は何にしようかと悩みました(5分ほど)
で、やっぱり温泉かな
ということで上山温泉の源泉を紹介します
場所は市民会館から少し行った【湯町】と呼ばれている温泉街にあります
本当にお湯なのか手を入れてみたら、びっくりするほど熱かったです汗
月秀和尚が旅の途中、一羽のケガをした鶴がキズを治し飛立ったのを見て温泉を発見したと伝えられています
なのでこの辺の温泉を【鶴脛の湯】(つるはぎのゆ)と呼び、またこの周辺の地名を【鶴脛町】(つるはぎちょう)といいます
でも本当は鶴ではなく鷺だったのではないかと思ったりして
会津の東山温泉
庄内の湯野浜温泉
と共に奥州三楽郷と呼ばれていました
昭和57年5月8日温泉源泉復元
2008年10月27日
◆第2話◆かみのやま温泉に住むとしたなら…
もし、かみのやま温泉に住むとしたら、どの辺りが良いだろうと私なりにサーチしています

地名でいうなら【軽井沢】とか【美咲町】などどうだろう
また
犬好きな方なら【犬馬場】
お金持ちになれそうな【金生】
信仰深い方は【阿弥陀地】なんて地名があります
今のところ、私がいいなぁと思うところは【御井戸丁】です
子供の頃は「ほいど(貧乏)丁」とバカにしていたのですが、ここがなかなかいいところなのであ〜る

一つ物件見つけちゃったんですよねぇ〜
いくらなんだろ?

笑
地名でいうなら【軽井沢】とか【美咲町】などどうだろう
また
犬好きな方なら【犬馬場】
お金持ちになれそうな【金生】
信仰深い方は【阿弥陀地】なんて地名があります
今のところ、私がいいなぁと思うところは【御井戸丁】です
子供の頃は「ほいど(貧乏)丁」とバカにしていたのですが、ここがなかなかいいところなのであ〜る
一つ物件見つけちゃったんですよねぇ〜
いくらなんだろ?
笑
2008年10月28日
2008年10月28日
◆第4話◆本当に素敵な出逢いが〜袖摺坂(そですりざか)
この坂は、hama-1ブログのバックさん、だてブログのプリーズ☆加川さんが宿泊された新湯の旅館【材木栄屋】さんの真ん前にあります
この旅館の社長さん
実にユニークな発想の方で、なんと上山の坂道に名前を付けた張本人です
いや〜たまたま一緒に飲む機会がありまして、これまたたまたま出た話で、ほんと驚いた次第です
また、駅の名前を【かみのやま温泉駅】にしちゃったり、足湯を作った方でもありました
詳しい話はまた後日お話しますね
ただ普通、旅館と言うと、一人だけの泊まり客って取らないものなのですが、ここ材木栄屋さんでは一人客もOK!という事で「なんで?」と理由を聞いた所
「私が一人旅が好きだから…一人ででも泊まれて、温泉に入れる旅館が上山に一軒くらいあってもいいでしょう」と社長さんは笑っていました
10月に蔵宿(クラッシック)材木栄屋でリニューアルオープン
魅力満載の宿に生まれ変わりました
館内も案内して頂きました笑



それにしても、この旅館の前の坂が[袖摺坂]とは…
やはり他生の縁を感じずにはいられませんでした
2008年10月28日
◆第5話◆やっぱりあった!七不思議!
観音寺の【出湯の手洗い鉢】 を見てからずーっと気になってた上山の七不思議

お湯が湧いているんです

そして上山には、やはり七つ不思議があるんだそうです
萩生田憲夫先生という方が本に書かれているというのですが…
図書館に行けばあるのかなぁ
お湯が湧いているんです
そして上山には、やはり七つ不思議があるんだそうです
萩生田憲夫先生という方が本に書かれているというのですが…
図書館に行けばあるのかなぁ
2008年10月28日
◆第6話◆座ってたおじさん
上山には【月刊かみのやま】という無料配付の小冊子があります

たまたま読んだ記事に

私が6月27日にブログに載せた謎のおじさんの事が書いてありました

あの日たまたま見かけた、階段に座ってたおじさんは、ハヤブサを観察してたんですね

そしてその後、たまたま行ったラーメン屋の御主人だったみたいです

別にどうでもよい繋がりなんですけどね汗
この石段にいたんだ

と、わざわざ行ってる私って.....汗
たまたま読んだ記事に
私が6月27日にブログに載せた謎のおじさんの事が書いてありました
あの日たまたま見かけた、階段に座ってたおじさんは、ハヤブサを観察してたんですね
そしてその後、たまたま行ったラーメン屋の御主人だったみたいです
別にどうでもよい繋がりなんですけどね汗
この石段にいたんだ
と、わざわざ行ってる私って.....汗
2008年10月28日
◆第7話◆悲しみの雨が降る…
いつも、この通りを写真に収めようと思うと雨が降ります

今日は図書館に行こうと出かけたのですが、途中あまりにもいい天気なので、急きょこの通りを写真に撮る事にしました
この通りとは通称【裏町】

昔、湯女(ゆな)、飯盛女、宿場女郎と呼ばれた女性達が働いていた宿屋、茶店などが建ち並んでいたと言われる通りです

今もその頃の名残なのでしょうか
窓には格子のようなモノが残っています

悲しくもあり、それでいて当時の夜の賑わいを感じるそんな不思議な雰囲気のある通りです
のちに新丁西裏に遊廓を建てて、そちらに移動したらしいです


ほらほら雲行きが怪しくなって来ました

帰ります

でも私の家のある【矢来】も、そういう所だったんだそうです汗
なるほど確かに格子が…

矢来→夜来→夜来る所
から付いた地名なのでしょうか…謎
昔昔のお話です
昭和33年3月22日赤線、青線廃止届
追記
矢来は昔、[行馬]と書いて[やらい]と呼んだみたいです
今日は図書館に行こうと出かけたのですが、途中あまりにもいい天気なので、急きょこの通りを写真に撮る事にしました
この通りとは通称【裏町】
昔、湯女(ゆな)、飯盛女、宿場女郎と呼ばれた女性達が働いていた宿屋、茶店などが建ち並んでいたと言われる通りです
今もその頃の名残なのでしょうか
窓には格子のようなモノが残っています
悲しくもあり、それでいて当時の夜の賑わいを感じるそんな不思議な雰囲気のある通りです
のちに新丁西裏に遊廓を建てて、そちらに移動したらしいです
ほらほら雲行きが怪しくなって来ました
帰ります
でも私の家のある【矢来】も、そういう所だったんだそうです汗
なるほど確かに格子が…
矢来→夜来→夜来る所
から付いた地名なのでしょうか…謎
昔昔のお話です
昭和33年3月22日赤線、青線廃止届
追記
矢来は昔、[行馬]と書いて[やらい]と呼んだみたいです
2008年10月29日
◆第8話◆昔は停車場と言ったもんだ
やはり町の顔と言ったら駅でしょう
という事で今回は【かみのやま温泉駅】の紹介です
1901年(明治34年)2月15日 に 国有鉄道の上ノ山駅(かみのやまえき)として開業
1992年(平成4年)7月1日 - 山形新幹線福島-山形間開業に伴い、かみのやま温泉駅に改称
1994年(平成6年)6月25日 - 駅舎改築
2002年(平成14年)、東北の駅百選に選定されました
駅前広場にある、かかしをデザインしたカリオンは、時報の時に色んな曲を奏でています
一階は待合室の他にJRが経営するコンビニがあり、かみのやま温泉のおみやげも買えます
駅前通りです
二階は多目的ルームがあり、写真展をしたり太極拳の練習などに使われています
それでは東口に行ってみましょう
通路ができたおかげで、駅裏がぐんと近くなりました
こちら側から見ると、お城をイメージして造られた事がわかります
東口は住宅地
一件だけ、ぽつんとうどん屋さんがあります
夜の、かみのやま温泉駅
おまけ
国鉄時代の看板
市役所裏の市民公園にあります

